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SARASVATI
三宅千鶴のオリジナル小説ブログ 

第2章-3

「井ノ内か」
 同期入社した井ノ内晃だった。

 面倒見のいい男で、研修期間中コミュニケーション不足のトラブルを起こしがちだった貴大のフォローを何かとしてくれた。
 所属が決まって勤務エリアが離れると話す機会は格段に減ったが、それでも姿を見かけると律義に話しかけてくれる。貴大にとっては数少ない、友人と呼べる存在だった。

「元気か?おまえが食堂まで出て来るなんて珍しいな」
 相変わらず威勢のいい声で井ノ内が言う。
「元気じゃない」
 貴大は眉間にしわを寄せて言い返した。

「医者に叱られたんで、マジメに昼飯をとることにしたんだ」
「入院したんだってな。ウワサに聞いたぞ」
 井ノ内はガハハと笑い、
「他のウワサも、聞いているんだけど」
 と、意味深な眼つきで貴大の顔を覗き込んできた。

「ウワサ?」
「ああ」
 井ノ内は頷きながら周りを見回した。
「券売機の前での立ち話もなんだな。おまえ、食券を買ったんなら厨房に渡して来いよ。その辺のテーブルに座って話をしようぜ」
 言いながら、以前の調子で貴大の肩に手を乗せようと右腕を伸ばした。

 その時。
「触らないでください」
 ガシッと、鈍い音がした。井ノ内の右手が貴大の肩に乗る前、当麻がその手首を握りしめて阻止していた。

「――おまえか。ウワサの元凶」
「藤崎!」
 当麻は無表情で井ノ内を睨みつけていた眼を貴大へ向けた。同じ者と思えぬ和らいだ笑顔になって言う。

「食券を買ってください。昼休みが終わってしまいますよ」
「そうだな」
 貴大はハタと目的を思い出した。くるりと反転すると券売機に眼を向ける。

「おまえ、何を考えている」
 井ノ内が押し殺した声で問うた。当麻は彼の手首を離し、
「井ノ内課長が心配されるようなことは考えてないですよ」
 またしても冴え冴えとした眼つきになって挑み返した。

「佐野さんは俺が守ります。どうぞご心配なく」
 しばし、火花を散らして睨み合った後、
「なんか、佐野が気の毒になってきた」
 井ノ内は根負けして苦笑いを浮かべた。

「おまえみたいに一癖も二癖もありそうな男に絡まれたら、あいつに太刀打ちする術はなさそうだ」
「絡んでいません。好きなだけです」
 これには井ノ内も吹き出した。
「佐野を好きなだけあって、おまえも変わってるな」
「そうかもしれませんね」

「あんまし無茶するなよ」
 井ノ内は、厨房で無事に注文できたかけ蕎麦をトレイに乗せている貴大を見やり、真顔になって言った。
「あいつは性格がねじ曲がっているくせ、意外と純情なんだ」

(知ってますよ)
 そのまま背を返して立ち去っていく井ノ内を一瞥してから、当麻は振り返る。
 トレイを大事そうに両手に持って戻ってきた貴大が、井ノ内の背中と当麻の顔を交互に窺っていた。

「井ノ内課長、仕事があるからって戻られました」
「そうか。あいつも相変わらず忙しいヤツだ」
 今しがたまで二人の男が火花を散らして牽制し合っていたなんて、皆目意に介してないあたりが貴大らしい。

(ほんとに可愛いな)
 と、貴大が聞いたら憤死しそうなことを胸で呟きながら、当麻は奥に見えるカウンター席を指さした。

「あそこからの眺望が綺麗なんです。佐野さんに見せてあげたいって思ってたんですよ」
 貴大の返事を待たず、彼からトレイを取り上げると、当麻はそのカウンター席に向かった。


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