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SARASVATI
三宅千鶴のオリジナル小説ブログ 

第3章-7

 それからどのくらい時が経過したのだろう。
 全身を疼かせる痛みと気怠い重さを先に感じて意識が戻ってきた。

(うう……っ…いた…っ)
 寝ていたのは、昨夜性の狂乱を繰り広げたキングサイズのベッド。
 だが、シーツも枕も取り換えられたようで乱れた痕跡は伺えなかった。自分自身に意識を向けると、気を失った時は汗と互いの体液に塗れていたはずなのだが、肌のどこにもその湿った感触が残っていない。

(あいつが、キレイにしてくれたのか……?)
 首を傾げて隣を見る。そこに寝ていたはずの男の姿はなかった。
(どこに行ったんだ?ってか、今は何時なんだ?)
 疼く肉体を叱咤して両肘をつき、上半身を持ち上げる。一面がガラス窓となった方へ眼を向けると、都会の空は黄昏時を迎えたような濃紺と金色のまだらに染まっていた。

(え?もう夕方??)
 我が眼を疑った瞬間、
「あ、起きたんですね」
 リビング側のドアが開き、当麻が顔を覗かせた。
 その後すぐ、何やらを色々と乗せたワゴンを押してベッドルームに入ってくる。昨日とは異なるスーツ姿だった。どこかに出かけていたのだろうと察した次に、

「あっ!セミナー!!」
 思い出した。日曜日の今日は大阪でセミナーが開催されていたことを。
「――うっ!!」
 思いっきり飛び起きようとして、身体の中心に劈くような激痛が走る。もう一度ベッドにうずくまる貴大を見下ろして当麻は尋ねた。

「何してるんですか?」
「なに、じゃねぇ!全部おまえのせいだろっ!!」
 半分涙眼になって睨み上げると、当麻はにこりと微笑んだ。
「朝、起きれなかったことを怒っているんですか?」
「それも含めて全部!」
「朝は一応、何回か声をかけたんですよ。ムリっぽかったので俺一人でセミナー受けに出かけたんです」
「そもそも!俺が起きれなかったのはおまえのせいじゃないか!!優しくするなんてホザイておきながら、昨夜のおまえには優しさのカケラもなかったぞっ!!」

「あれ?」
 と、当麻は可愛い仕草で首を傾げる。
「明け方まで俺を寝かせてくれなかったの、佐野さんですよ。何回挿れてあげてもまだ足りないって、俺の腰に両足巻き付けてヨガリすがったじゃないですか」
「――――」
 絶句するしかない。確かにそう言われてみると、そんな恥ずかしい記憶がないわけじゃなかった。

「セミナーの資料は後で渡します。だからそんなに怒らないでください」
 当麻は身を屈め、まだベッドに丸まってこちらを睨みつけてくる貴大の額にキスをした。
「お土産を買ってきたんですよ」
「みやげ?」
 当麻はベッドの端に腰かけ、ワゴンの上から紙包みを取り出した。食欲をそそるいい匂いに誘われて、貴大はモゾモゾと起き上がる。
 考えてみると、昨夜から何も食べていないことを腹の虫が教えてくれた。

「いい匂いだな」
「大阪名物って書いてありました」
 当麻の隣に座り直して手元を覗き込む。広げられた紙包みの中にパックに入ったタコ焼きを見つけた。
「タコ焼きじゃないか」
「佐野さん、きっとお腹が空いているだろうと思って」
 一個を爪楊枝にさして貴大の口元に差し出す。貴大は反射的に食らいついてしまう。
 ソースとかつお節の加減が絶妙で、トロリとした食感とタコの噛み応えも最高だった。

「うまいな」
 ゴクリと嚥下して言う。当麻は嬉しそうに笑って紙包みごと差し出した。
「全部食べていいですよ」
「おまえは食べないのか?」
「俺は先につまみ食いしましたから」
 そう言って手を伸ばすと、貴大の頬をそっと撫でた。
「佐野さんが美味しそうに食べているところを見ていたいんです」
「おまえってやっぱり変なヤツだな」
 ほとんど貪るように、貴大はタコ焼きを口の中に押し入れていく。

「そんなに急いで食べたら口の中がヤケドしますよ」
「だいぞーぶ」
 言いつつ、タコの塊を喉に引っ掛けてむせ込んでしまう。
「だから言ったでしょ。佐野さん、お茶飲んで」
 当麻に手渡されたコップで温かいお茶を一気飲みする。
「ありがと」
 懲りない貴大は、咳き込みながらもタコ焼きを頬張り続ける。

「あ、そうだ。佐野さん」
 当麻は何気ない話の続きをするように言った。
「なんだ?」
「明日の月曜日から年末休暇に入る水曜日まで、佐野さんと俺は有給をとるって会社に連絡入れときましたから」
 タコ焼きを頬張ったまま、貴大は眼を丸くした。
「な……な……っ?」
 罵倒が言葉になる前に、当麻はやんわりと畳みかける。

「だってほら、せっかく大阪まで来て、心も身体も許せる仲になったわけだから。もう一度二人で当麻寺にも行きたいし。昨日はほとんど観光もできなかったじゃないですか」
「そ……そ……っ!」
 そんな勝手なことをして!と言いたいのだろう。が、当麻は躊躇しなかった。

「それに、東京に戻ったらすぐ引っ越しの準備しないといけないでしょ?仕事してる暇なんてないですよ」
「引っ越し!?」
 どうにかタコ焼きを飲み込んで叫ぶ。すかさず当麻は貴大を胸内に引き寄せ、黙らせた。
「引っ越しです。佐野さん、昨夜俺のマンションに引っ越してきてくれるって約束してくれたでしょ」
「そんな約束した覚えないぞ!!」
 胸の内から睨み上げると、情け容赦を消した男の真顔が待っていた。

「覚えてないんですか」
「覚えてるもんか、そんなタワゴト!」
 ヒヤリと冷たいものを背中に感じながら、それでも強気で否定する。当麻は冷酷無慈悲な笑みを口唇に刻んだ。
「じゃあ思い出させてあげましょうか」
「えっ――わっ!!」
 あっという間に押し倒されてしまう。そして当麻の唇が昨夜の愛撫を辿ろうとする。
「ちょっ!やめろっ!!」
「やめない」
 当麻が本気であるのは、下腹部に押し付けられた彼の股間の硬さが物語っていた。

(昨夜の今夜じゃ死んでしまう!!) 
 貴大は早々に降参した。
「わかった!思い出した!引っ越しでも何でもする!!」
「ほんとですか?」
 当麻は耳朶に熱い息と拭えぬ疑惑を吹き込む。
「ほんとだ!もう引っ越しだろうと大阪見物だろうと何でもやってやる!!」
 完全なるナゲヤリ状態で叫ぶ。

 出会った時からずっとこの若い策士に手玉に取られてきたような気がする。その事実がシャクに障らないわけじゃない。が、
「嬉しいな!これからずっと佐野さんと一緒にいられるんですね!!」
 正真正銘、喜びの笑顔を弾かせ、首にしがみついてくる男の体温を感じていると、自分のちっぽけなプライドなんてどうでもいいような気がしてくる。
「明日は奈良に出かけましょう。当麻寺に行ってから、法隆寺なんかのある斑鳩の里とかも回ってみたいな」
 はしゃいで計画を立てている当麻を見ていると、遠足を翌日に控えた小学生のようにも見えてくる。

(こんなタチの悪い小学生がいたとしたら、日本の将来が末恐ろしいけどな)

「佐野さん、愛してる………一生かけてあなたを大事にします」
 そんな言葉や約束事を信じられるほど初心じゃない。
 ただ、今はこの温もりの中に身を置いていたい。生まれて初めて知る、誰かと寄り添い合う温もりが、今は何よりも愛しいと思えていた。
 たとえ、昨日の当麻寺での出会いが、この男によって周到に仕組まれた筋書き通りのものだったとしても。

(俺は、コイツの喜ぶ顔を見るのが好きだ)
 人を好きになると言うことは、そういう気持ちを言うのかもしれないと、貴大は生まれて初めて気づくことができた。


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