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SARASVATI
三宅千鶴のオリジナル小説ブログ 

第3章-8

 仕事納めを迎えた水曜日の夜。
 この夜は都内のホテルで忘年会が行われる予定であったため、退社時刻を過ぎた社内には誰も残っていなかった。

 もとい、岡田室長から個人的な呼び出しを食らった当麻と、呼び出した岡田のみが22時を過ぎた今、この超高層ビルに存在した。

「藤崎です」
 室長室のドアをノックして部屋に入ると、正面に見える大きな卓の向こうに座っていた初老の紳士、岡田室長が席を立って出迎えた。
「ああ。来ていただけましたね」
「遅くなってすみません。先ほど新幹線で東京に戻ってきたもので」
「私の方こそ遅い時間を指定してしまって申し訳ありませんでした。一応、忘年会にも顔を出しておかなければいけなかったものですから」
 岡田は丁寧にそう言って、当麻に来客用のソファに座るよう身振りで示した。

「緊急のご用って何ですか?」
 座ると同時、当麻は単刀直入に訊いた。
(けっこう面倒な話になりそうだ)
 そう予期しながら。
 岡田は移動して当麻の正面に座り直すと、渋い声で切り出した。

「ウワサを流されましたね」
「どんなウワサでしょう?」
 すっとぼけて見せると岡田はさらに渋面となり、
「あなたと佐野主任が恋人であると言うウワサ。男同士であるにも関わらず、です」
「それが何か問題ですか?この会社は社内恋愛を禁止してないはずですけど」

「社長のお立場をお考えください!」
 たまらず岡田は非難の声を上げた。

「お祖母さまであられる現社長がこのウワサを耳にされたらどれほどショックを受けられるか。7月に脳梗塞で倒れられて、ご自身の健康状態と会社の今後にご不安をお感じになったからこそ、あなたをアメリカから呼び戻されたんですよ」
 当麻は肩を竦め上げた。

「車椅子の生活になったからと言って、おばあさんはバリバリ元気ですよ。それに、孫がゲイだからって気にするような人じゃない。自分はおばあさんとの約束通り、3年、この会社の経営を手伝うだけです。3年あれば、おばあさんの後を引き継ぐ会社の体制も整うでしょうし」
「社長は、本音のところではきっと、あなたに後を継いで欲しいとお考えなんだと思いますが」

「経営にはまったく興味がないので、無理ですね」
 当麻はこれで話は終わりとばかりに席を立った。
「ウワサがどうあれ、職場では引き続き佐野さんのフォローをします。仕事とプライベートの関係は切り離して考えていますので、これ以上のご心配は無用です」

 バタンとドアを閉めて出ていくのを見送ってから、岡田は首を振りながら自分のデスクに戻り席に着いた。
 デスク上のノートパソコンに映る、上品だが気丈そうな老婦人に向かって問いかけた。

「ご覧いただけましたか、社長」
「隠しカメラを通して一部始終、見ましたよ」
 老婦人、速水バイオ株式会社の取締役社長である速水玲子は薄い唇を吊り上げて笑んだ。

「あの子はほんと彩音に、母親である私の娘にそっくり。いったん言い出したら絶対後に引かないのよ」
「ご性格はともかく、社長のお身内が会社の男性社員とデキてしまうと言うのは、会社内部においても対外的においても問題なのではないでしょうか」
「そうねぇ。個人的には別にかまわないんだけど」

「佐野主任に辞職してもらいましょうか?」
 切り出した途端、玲子は首を横に振った。
「ダメよ。当麻までがその男を追って出て行ってしまう。私が、あの男との結婚を猛反対してしまったばかりに、何もかもを捨てて家を飛び出してしまった彩音と同じように」

「では、どう取り計らいましょう?」
 玲子はいったん口を噤んで考えた。
「何か、二人が離れるきっかけがあるといいかもしれないわね」

「それでは、私に一つ考えがあります」
「あら。どんなお考えなのかしら?」
 興味に眼を輝かせる玲子に、岡田は二人を引き離すべく、一つのプランを提案し始めた。

(さて、どうしたものか――)
 非常灯の灯る会社の暗い廊下を歩きながら、当麻は考えた。

(おばあさんは俺に会社を手伝わせたいだけだから、佐野さんのことはどうでもいいと思っているはずだ)
 母の母だけあって、豪気とも呼べる気の強さとトップに立つ者特有の冷徹さを兼ね備えている祖母を思い浮かべてそう判断する。

(問題は、岡田さんを含めた古参の幹部たちだ。俺のスキャンダルは、会社にとってマイナスにしかならないと考えているだろう。おばあさんもそこは心配するかもしれない)
 だからと言って、貴大を手放す気はサラサラない。

(事が最悪のものとなれば、佐野さんを連れて逃げるだけだ)
 祖母によって家を追われた母が、父とともに逃げ出したように。
(岡田さんは何かの手を打ってくるだろうか。佐野さんを守るためにも、一緒に暮らせるようになって良かった)
 その愛する人は今、引っ越しの荷物をまとめるために今夜はいったん自宅のマンションに戻っていた。

(一晩でも離れているのは嫌だ。やっぱり迎えに行こう)
 地下駐車場に降りた当麻は濃紺のポルシェに乗り込んだ。
 正面のナビに登録しておいた貴大の住所を呼び出すと、極彩色のイルミネーションに彩られた夜の街へと発進していった。


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