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SARASVATI
三宅千鶴のオリジナル小説ブログ 

第6章-4

『タカヒロ、あなたも質問してくれるのね。嬉しいわ。あなたとは、後でゆっくり個人的にお話ししたいと思ってたんだけど』
 当麻は素知らぬ顔をしてそれを貴大に伝える愚を犯さなかった。

『さて、どんなご質問かしら?』
「ご質問をどうぞ」
 とだけ言う。

「研究施設としての建物を始め、研究器材等の手配、事務手続きなどのハード面はほぼ順調に進んでいます。あと残る大きな案件は、ソフト面。すなわち研究所で実際に研究を行う人材をどうするかだと思います」
 貴大は当麻を視界に入れないようにして淡々と述べた。

 ローラは深く頷き、
『そうね。研究は研究者と言う人間がいて初めて成立するもの。私も大学、カリフォルニア州の自治体などと連動して、有能な人材を集めているところなの。もちろん、日本の企業、あなた方からのバックアップには非常に期待しているところです』
「優秀な研究者はどこでも貴重です」
 貴大の口調はどこか辛辣だった。

「事業が軌道に乗るまで日本企業から数名ほどはサポートで現地に滞在できることも可能でしょう。しかし、企業側としてもいつまでも人材を貸出するわけにはいかない。カリフォルニアにおける新規研究所でも、研究者を育てる教育プログラムを設けておくべきだと思います。多国籍な上に寄せ集められた人材は個としては有能であっても、チームワークが必要な研究作業には向きません」
 その時、ローラの制止を無視して傍らから当麻が発言した。

「アメリカではそれが普通なんです。研究者に同じ方向を向かせるためのチームワークを無駄に求めるのは日本だけです」
「限りある人材と時間を有効に活用する。それが企業における研究の在り方だ。教育分野における研究のように自由にできるわけじゃない」
「それも日本企業の考え方です。現地には現地の考え方とやり方があります。最初から日本式を導入するのはどうかと思います」
「大阪本社の木津川研究所は、おまえの言う多国籍的自由を尊重した結果、業績はずっと下降の一途を辿っている。そうなる結末が見えているのにほっておくのか?先に手を打つことに何の問題がある?」

 バチバチと静かな火花を散らして意見をぶつけ合う二人を、井ノ内は内心で溜息をつきながら見守るしかなかった。

(マジ……おまえら、何やってんだよ………)
 貴大も当麻も、口から迸らせている言葉とは違う言葉を、互いの直向き過ぎる眼差しで交わし合っているのが井ノ内にはわかっていた。

(俺は佐野さんが好きです。愛しているんです)
(俺だって、おまえが好きだ)
(だったらどうして、俺の気持ちをわかってくれないんですか?)
(おまえだって、俺の気持ちを汲み取ってくれないだろっ!)
(俺はあなたを愛してるだけなんですってば―――ッ!!)

 そんな二人の、声にならない哀しい声のやり取りが聞こえてくるようにも感じた。
 他の誰も、そんな二人の二重音声がこの場で繰り広げられているなんて、気づきもしなかっただろう。

 いや、ただ一人。
 二人の静かであって激しい攻防を面白そうに見つめているローラだけは、二人の抱える心情に気づいていたかもしれない。
 彼女の青い瞳は、お気に入りの玩具を見つけた子どものようにキラキラと輝いていた。

 ディスカッションのネタは尽きることなく、ローラとメンバーたちの熱い討議は延々と続いた。
 とうとう退社時刻が迫る頃になって、高橋が司会席から立ち上がり締めを行った。

「ブリンナー博士、長時間に渡る報告会にご臨席いただきありがとうございました。これよりホテルにご案内します。ホテルではささやかなレセプションの席を設けております。速水社長もお越しになる予定ですので、これより場所を変えて話の続きができたらと思います」

 その後はいったんお開きとなり、休憩を挟んでからの移動となった。ローラが宿泊する高級ホテルまでは送迎のバスで向かった。
 立場的にローラの傍にいることを強いられている当麻は、大型バスの中でついにローラを問い詰めた。

『ローラ、まさか佐野さんに眼を付けたんじゃないでしょうね』
『彼、クールでストイックでシャイで、すっごく素敵じゃない?』
 案の定、ローラはバスの最前列に座った貴大の方ばかりを見ている。その眼には間違いなく獲物を狙う肉食獣の鋭い眼光が宿っていた。

(やっぱり!)
 と、当麻は頭を抱え込みたくなった。思わず縋るように言ってしまう。

『ローラ、お願いです。彼は本当に真面目でストイックな研究者なんです。その芽を摘むような真似はしないでください』
『摘んだりしないわ。大事に育ててあげたいの。トーマと同じようにね』
 赤い口唇を吊り上げてニヤリと笑う。

 それを見た当麻は心底ゾッとした。
 貴大に自分と同じ想いをさせるくらいなら、今ここでこの女の息の根を止めてしまってもいいと考えたほどだ。


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