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SARASVATI
三宅千鶴のオリジナル小説ブログ 

第6章-5

 ローラを歓迎するレセプションは、都心部にあるゴージャスなホテルの1階を占めるイタリアンレストランを貸し切って催された。

 バイキング式の料理が並ぶ会場にはプロジェクトのチームメンバーだけでなく、関連部署の社員や速水社長を始め会社の重鎮たちも加わって、結構な大人数がひしめき合っていた。つまりはそこそこ大がかりなパーティーとなっていた。

 ローラが最上階にとってあるスイートルームで着替えを終えて降りてくるのを待ってから、速水玲子がアシスタントの手を借りて車椅子から立ち上がる。彼女は華々しいスポットライトを浴びながら意気揚々と声を放つ。

「さあ、ローラ・ブリンナー博士がご登場となりましたので、ささやかですが歓迎のパーティーを始めるとしましょう」
「ありがとう、レイコ。あなたを含めて皆さまとこの場でお会いできたことを私も大変うれしく思っています」

「速水社長、ブリンナー博士、お言葉をいただき誠にありがとうございます。それでは、ローラ・ブリンナー博士のますますのご繁栄と、日米共同プロジェクトの成功を期して、乾杯しましょう!」
 プロジェクトチームリーダーの高橋が放った乾杯の挨拶とともに始まったパーティーは、ローラと当麻を中心に据えて大いに盛り上がっていく。

「じゃあローラ、そして皆さん、今夜はゆっくり楽しんでくださいね」
 その言葉を残し、玲子がローラとしばらく会話した後でパーティー会場を去ると、場はさらにリラックスしたムードに包まれて完全なる宴会状態となった。

(はぁ……疲れる………)
 貴大は適当なところで切り上げて帰るつもりだったので、できるだけ目立たない席に座っていようとしたのだが、どんなに場所を変えてもローラが付きまとってくる。
 彼女に付き従うしかない当麻が、できるだけ彼女を他のグループの方に連れて行こうとするのだが、気づくといつの間にか傍にくっついてきていて、貴大の気を引こうとする。

 今も。
『ねぇタカヒロ、私、あなたほどクールでクレバーな人に会ったことがないわ』
 貴大の隣に座っていた井ノ内を押し退けて自分がその席を陣取り、貴大へ熱い眼差しを送り付けてきた。

『建設中のセンターを見に、ぜひトーマたちと一緒にカリフォルニアに来てもらいたいわ』
 貴大の英会話レベルに合わせて、言葉を選びながら熱っぽく訴えてくる。
 到着時はヨレヨレのバックパッカー姿だった彼女も、今は赤いドレスに着替え直して眼が覚めるほどに美しい。襟ぐりの大きく開いた胸元から覗く豊満な谷間を見せつけるように擦り寄って来られ、貴大は内心でゲンナリとした。

『博士、私はそれを決める立場にありません』
『博士じゃない。ローラと呼んで!』
 ローラのしなやかな右腕が貴大の腕を絡めとろうと伸びてくる。

『ブリンナー博士』
 彼女の不埒な動きを止めたのは、二人の席の背後に立った当麻の手だった。
『向こうで会社の幹部たちがお話ししたいそうです。一緒に来てください』
『年寄りたちと話なんかしたくない!』
 右手首を握り取られ、ローラはキッとした顔つきになって当麻を睨み上げた。

『私はタカヒロと大切な話をしているの!邪魔しないで!!』
 当麻も冷めた眼でローラを睨み据える。
『個人的な楽しみより仕事を優先していただきたいです』
「まあまあ」
 睨み合う二人の間に井ノ内が割って入る。

『博士、俺たちはここで待ってますから、ちょっとだけ向こうに行って話をしてきてもらえませんか?女神のように美しいあなたを俺たちだけで独占していると、皆から羨ましがられてしまうんですよ』
 井ノ内は貴大よりも英会話に長けていた。ついでにお世辞にも。

『もー。しょうがないなー』
 ローラは渋々と席を立った。
『すぐに戻ってくるからここで待っててね、ラブ』
 貴大に向けて切なく言い、投げキッスを送る。

(………うっ!)
 貴大はラブと呼ばれて口に含んだ酒を吹き出しそうになった。
 貴大の座る位置からは見えなかったが、当麻の顔つきはすでに鬼気迫るものへと変貌していた。

『彼に手を出すなって言いましたよね』
『誰と仲良くなろうと私の勝手でしょ。指示しないで!!』
 半分怒鳴り合いながら席を離れていく二人を唖然と見送る。井ノ内が首を振りつつ、ローラに奪われていた席に座り直した。

「おまえも、妙なヤツに好かれる体質してるよな」
「体質の問題じゃないと思うが」
 言いながら、またもや当麻とローラの息の合ったところを見せつけられたような気がして、貴大は内心で苦しい吐息を漏らす。

(おまえには、あんな風に気兼ねなく何でも言い合えるパートナーがきっと必要なんだと思う。俺に対してはいつも気を遣ってばかりで。おまえはきっと、俺といるのがきつかったんじゃないのか―――?)

「また暗い顔して。藤崎はさっき見た通り、今もおまえにゾッコン惚れているんだ。意地を張らず、素直になって話をしてこいよ」
 井ノ内は言うようにはどうしても思えない。当麻のことをもう話題にもしたくなかった。

「井ノ内、おまえだけに話しておこうと思うんだけど」
 まだ誰にも、3月10日をもって大阪支社に出向することを伝えていなかった。ただ井ノ内にだけは、これ以上心配をかけたくなくて、貴大は話しておこうと決めた。

 搔い摘んだ話だったが、それを聞いて井ノ内はただ一言、
「おまえはそれで後悔しないのか?」
 と訊いた。

 先日、同じことを訊いた玲子と同じ口調で。ある確信を込めた言葉の響きだった。


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