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SARASVATI
三宅千鶴のオリジナル小説ブログ 

第2章-1

 第2章

 当麻が十日ぶりに東京に戻ると、様々なことが変わっていた。
 いや、変えられていた。当麻の祖母である速水玲子の手によって。

 東京に着いた当日、彼女からの出頭命令に従って南麻生に建つ大豪邸に参上すると、用意されていたディナーの席に着くなり、祖母はこの上ない上機嫌でこう切り出してきた。

「大阪本社はいつも有能な研究員を欲しがっているの。おまえと佐野くんなら、きっと重宝がられる人材になると思ってね。色々悩むところはあったけど、二人揃って放牧することに決めたのよ」
 さらに、こう付け加えた。

「あ、だからこの際、おまえのことを私の孫だって公表しちゃおうかと思って。そうなるとね、一応、私の後継者と見なされちゃうじゃない。だから、おまえには、会社の経営面についても勉強してもらわないといけないと思うのよね。なので、おまえを会社役員にすることに決めておいたから」

 彼女が一気に捲くし立てる間、当麻が口を挟む余地などなかった。
 それに、もしこれで彼女の半ば強制的なオファーを断ろうとでもすれば、貴大との仲を裂くべくどんな邪魔立てをしてくるかわかったものではない。

(ま、役員として名前を貸すだけでいいのなら、別に支障があるわけでもないし)
 適当に聞き流していると、玲子が止めとばかりに釘を刺してきた。
「毎月2回、東京本社で役員会があるから、それには必ず出席してちょうだい。私への顔見せも兼ねてね。そこで大阪本社の動向も報告してもらうわよ」
 その言葉の裏には、『佐野貴大とのラブな生活で腑抜けになるんじゃないよ』との厳しい叱責が込められていた。

(これはヤバイことになりそうだ)
 そう気づいた時はすでに遅し。で、翌日からは祖母に連れ回され、役員としての仕事のノウハウを叩き込まれた。
 入社してまだ半年にしかならない新入社員がいきなり役員になるなど前代未聞の話だと思ったが、その辺のところも祖母に抜かりはない。
 古参の幹部職員たちまでもが、内心はどうあれ表向き、当麻を経営者の後継ぎと考えているように振舞っていた。

(このままおばあさんのペースに巻き込まれちゃマズイ)
 どこかで抜け道を見つけなければと考えているうちに、三日ほどがあっという間に過ぎて行った。

 そして今日。
 久しぶりに祖母から解放され、貴大と交代と言った形で大阪から赴任してくる織部竜也に研究開発室の業務の引継ぎを行う予定となっていた。

 織部は大阪を発つ前に貴大と会って話をしてきているはず。
 なので、最新のデータを見てもらったら引き継ぎは済むと考えていた。織部が貴大の言うように、万事に秀でた男であるならば、の話である。

 当麻は表向き、急病のためカリフォルニアへの出張を取りやめ、仕事を休んでいたことになっていた。その間、研究開発室の主任業務を肩代わりしていたのは岡田室長だった。
 久しぶりに研究開発室に顔を出すと、オフィスの先輩たちは皆、当麻の体調を心配して労いの言葉をかけてくれた。誰もがここ数か月に渡る当麻の過重労働を知っていたからだ。
 しかし、彼らの態度は以前と全く変わっていなかったので、当麻が役員職に就任したことはまだ知らないのだろう。

(会社側は4月の辞令交付の時に公表するつもりなんだろうな)
 そう、当麻は考えた。
 その日は午前中の間に、岡田室長と織部への引継ぎの打ち合わせをして、午後から挨拶を兼ねて出社してくる織部への対応をまとめておいた。

(ああ、この人が織部さんか………)
 室長室で初めて会った織部は、日本人離れした長身に彫りの深い顔立ちをした、男でも見惚れてしまうくらいの美男子だった。

「こちらが織部竜也くん。織部くん、こっちがうちで主任代理をしている藤崎当麻だ」
 岡田室長から互いを紹介されると、織部は秀麗なる面にかすかな好奇心を浮かべて言った。

「はじめまして、藤崎くん………いや、4月から会社役員に名を連ねようとしている社長の孫たるきみに、くん付けはいけないかな。どのように呼べばいいいいでしょうか?」
 苦笑を秘めた慇懃な口調に、当麻はムッツリとして応えた。

「藤崎と呼び捨てでけっこうです。祖母の嫌がらせで役職に就かざるを得なくなっただけですから」
 横眼で岡田室長を窺うと、上品な紳士を装う彼は素知らぬ顔で当麻と視線を合わせないようにしていた。当麻の個人情報を織部に流したのは間違いなく彼のようだ。

「岡田室長、織部さんにどんなお話をされたんでしょうか」
 当麻がそう問いただそうとした時、岡田室長の背広の内ポケットで公用携帯が鳴り出した。岡田は待っていたようにその携帯を取り出すと、
「きっと社長からの呼び出しだよ。会議があるんだ。藤崎くん、後は任せてもいいかな?」

「………わかりました。大丈夫です」
 当麻が仕方なく頷くと、岡田は織部にも「ではまた後で」と声をかけてからそそくさと退席していった。
 バタンと、岡田が出て行ってドアが閉まると同時に、織部はさっきよりずっと親しみのある笑顔を当麻に向けてきた。

「じゃあ藤崎くん、きみのことは佐野からも色々と話を聞いているよ」
 貴大の名を耳にするや、当麻も態度を一気に軟化させた。



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