第2章 タシケント《石の都》-3-

 島田は気難しい顔で保を睨みつけながら、
「ええ。事前の予定ではタシケントは一泊、明日は本命のサマルカンドへ向かい、五連泊で写真を撮って帰国する…だったんですが」
 一息でそれを言った。
「ここに来てこの街も撮りたいって意見が出てきているんです。俺がその、発起人ですが」
「簡単に言うがな、島田。一体、誰がその手配をするんだ?」
 保は拓良の制止を退けて言い募った。
「ホテルの連絡からバスの運転手への説明、現地を回りながらの通訳だっている。ここは日本語は当然、英語だって通じない世界なんだぞ。ここではロシア語とウズベク語ができなきゃ話にならないんだ。おまえらだけで動くのは無理だ」
 その気迫に飲まれた島田を見て、テーブルの向こう側から岡村が切り込んできた。
「だからこうして、W通訳ができる七瀬さんに同行してもらえるよう頼みに来たんだ」
 先とは打って変わる神妙な声。
 話の成り行きを見守っていた拓良だが、その声に驚いて正面を見上げると、いつの間にか二つのベッドを陣取ったヤンチャどもは一様に真顔になってこちらを見詰めていた。
 十六の瞳に熱意と懇願を湛えて。
(…まいったな)
 子どもなんだか大人なんだかと胸の内で苦笑して、拓良は腕を組んで問いかけた。
「バーで飲みながら頼み込もうって話なら、俺は断わる。美女撮影に付き合う暇はない」
「違いますッ!」
 岡村と島田が異口同音で否定した。
 拓良はそれを無視して、会計を預かる中山に話を振った。
「俺が金をもらった通訳の仕事は日中だけって取り決めだったよな?それと非常時か?」
「はい。俺たち、なるだけ自力で動きます!」
 岡村の隣で中山は力強く童顔を振った。
「まぁ同行している以上、それだけってわけにはいかんだろうが、俺としては早く目的地に向かいたい」
 拓良は全員を見回して言った。
「全ては、あんたらの理由如何だな」
「七瀬さん」
 と、保が言いかけたところで、島田が急いで説明を始めた。
「空港を降りてすぐにピンときたんです。この街の異様さ、不思議さを撮っておきたいって思ったんです」
「不思議…か。と言うと?」
 拓良は訊いた。
 応えを引き継いだのは岡村だった。
「来るまでは、サマルカンドって有名な中世都市しか眼中になかったんですが、ここに来てこの街が面白く見えたんです。いろんな人種が住んでいるし、新しいのに古そうだし」
「この国の人口は72%がウズベク人。8%がロシア人。他カザール、キルギス、トルクメン、タタール、モンゴル、アラブ、タジクでなる人種の坩堝だ。特にこの街は旧ソ連が包蔵していた全ての人種を併せ持つと言われている」
 拓良は、岡村の稚拙な感想をそう言って補うと、
「それに歴史はかなり古い街なんだが、どうもあんたら、あんまし勉強してきてないな」
 呆れた目で周囲の顔ぶれを見回した。
「す、すんません」
 その瞳の青に気圧されて、全員モジモジと下を向く。最後に見上げると、エラソーにしていた保も俯いて頭を掻いていた。
 呆れついでに、拓良は言った。
「どんなに腕がよくても、知らない目で撮った写真がいい出来になるとは思えんがな」
「あのー七瀬さん」
 と、保が恥ずかしそうに呼びかけた。
(仕方がない…)
 と胸裏で呟き、拓良は聴衆の目に促され、この街の地理と激動の歴史を紐解いてやった。
「まずは大雑把に地理。このシルクロードが横過り、古代から東西交易の十字路だった中央アジアはパミール高原を境にして二分される。東は中国の新疆ウイグル自治区に当たる東トルキスタンだ。西側のこっち、ウズベキスタンを筆頭にカザフ、キルギス、トルクメン、タジクの旧ソ連領だった五共和国がある地域は西トルキスタンと呼ばれる」
 拓良は卓に置いたミネラルウォーターで喉を潤してから話を続けた。
「この街はウズベクの首都だが、天山山脈に源を発し、アラル海に注ぐシル・ダリアと、パミールが水源で同じくアラル海へ至るアム・ダリアの二本の河川の中間に位置し、チルチク川にも沿った、言わば中央アジアの隊商の街として栄える地理的条件に恵まれた場所にあるんだ」
 会話は苦手だが、事が専門分野となると話は別。
 拓良は意外な顔で聞く保にこっそり親指を立てて見せると、言葉をかみ締めながら説明を加えた。
「十三世紀にモンゴルのチャガタイ汗国、十六世紀にはチムール帝国が支配したこの街が殷盛を誇るのは、十九世紀に入ってからだ。それまではサマルカンドやブハラなんかの大都に押されていて、中国史書の『魏書』「西域伝」には者舌国、『隋書』や『唐書』には石国、拓支、赭時などの名で記されているんだが、それでもフェルガナ盆地北辺の小都邑に過ぎなかったようだ。十九世紀になるとフェルガナ盆地を中心とするコーカンド汗国の治下となり、ようやく隊商の街として知られるようになったが、世紀の半ばでまた支配国が変わった。当時、ヒワ、ブハラ、コーカンドの三つの汗国が分立していた中央アジアを、ロシア、イギリスの二大勢力が南北から圧迫してきて、タシケント守備隊はロシアと戦ったんだが、結局は占領されてしまったんだ。その後はロシア革命によってソ連領ウズベキスタン共和国となり、最近やっと、千年以上に渡る異民族支配の時代を抜けて独立国として生まれ変わった。ここはその、首都なんだ」
 最後に拓良は、ぶっきらぼうに付け足した。
「砂漠の真っただ中にあったって、支配に次ぐ支配、混血に次ぐ混血を余儀なくされ、どれが異民族なんだかわからなくなったって、この国、この街、ここに住む民衆は生き延びてきた。そしてこれからを生きようとしている。そう言った太ぇとこなんだよ、ここは」


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